株式会社東京創元社は8月31日、ウンベルト・エーコの歴史小説『プラハの墓地』文庫版を創元ライブラリより発売した。

偽書を生み出す文書偽造家
『プラハの墓地』の舞台は19世紀後半のヨーロッパ。主人公シモーネ・シモニーニは、文書偽造を生業とする男である。食への強いこだわりをもち、ユダヤ人への偏見を抱く人物として描かれる。
物語は、イタリア統一、パリ・コミューン、ドレフュス事件などの史実と交差しながら進む。シモニーニはその渦中で偽造文書を作り、やがて『シオン賢者の議定書』の成立に関わっていく。
虚偽の文書が現実を動かす怖さ
『シオン賢者の議定書』は、のちにユダヤ人排斥運動や陰謀論と結びつき、ナチスによるユダヤ人迫害を支える論拠の一つとされた偽書である。
エーコが描くのは、偽書が作られる経緯だけではない。誰かへの憎悪が、もっともらしい文書や物語の形を得ることで拡散し、差別へとつながっていく様相だ。そうした過程を、歴史小説の形で浮かび上がらせる。
虚偽の情報が現実社会へ影響を及ぼしていく構図は、19世紀の出来事だけにとどまらない。同作は、偽りの物語が人々に受け入れられていく危うさを考える作品としても読める。
史実と虚構を織り交ぜた歴史小説
主人公シモニーニを除き、登場人物のほぼすべては実在の人物とされる。豊富な史料を下敷きにしながら、史実と虚構を組み合わせて物語を構築した。
作中には、エーコ自身が所蔵していたフィユトンの挿絵など50点以上の挿画も収録されている。
エーコは1932年、北イタリアのアレッサンドリア生まれ。記号論学者、評論家、哲学者、作家として活動し、代表作に『薔薇の名前』『フーコーの振り子』などがある。2016年2月に死去した。東京創元社からは2025年に『薔薇の名前[完全版]』が刊行されている。
文庫判654ページ。訳は橋本勝雄、解説は仲俣暁生が担当。装画にはセバスチャン・ストスコップフの作品を使用し、装幀は柳川貴代+Fragmentが手がけた。

