文藝春秋は1月1日、同社が刊行した小川洋子の小説『サイレントシンガー』が、第67回毎日芸術賞を受賞したことを発表した。毎日新聞社の主宰により、演劇、美術、音楽、文学などあらゆる芸術分野を対象に、特に優れた業績をあげた個人・団体に与えられる賞である。

「言葉」を手放した場所で、何が語られるのか
『サイレントシンガー』の舞台は、内気な人々が集まって暮らす“アカシアの野辺”。野辺の人々は沈黙を愛し、十本の指を駆使した指言葉を使う。主人公のリリカもまた、言葉を話す前に指言葉を覚えた。
「たった一つの舌よりも、二つの目と十本の指の方がずっと多くのことを語れるのだ」という価値観が、この土地の日常を形づくっている。
やがてリリカは歌うことを覚える。彼女の歌は、どこまでも素直で、いつ始まったかもわからないほど、ささやかなものだ。にもかかわらず、鼓膜に深く染み込む生気をたたえていた。この不思議な歌声が、リリカの人生を動かし始める。
歌声の力が人との出会いを導き、野辺の外へ連れ出し、そして恋にも巡り合わせる。果たして、リリカの歌はどこへと向かっていくのか。
著者6年ぶりの長篇小説は、沈黙と歌声を互いに抱き留める叙情あふるる作品であり、ひたすら静かに読者の内側へと届いていく。その静謐で緻密な文体と深い主題が高く評価され、今回の受賞に至った。
小川洋子は、
言葉を手放してこそ、肉体に刻まれた記憶が呼び覚まされ、人は平安に出会えるのでは。そう願いながら書き続ける私の耳元で、リリカの歌声が風のように吹き渡っていました。(プレスリリースより)
と本作について語り、さらに、
言葉の威力に押しやられた人々の背中を、そっとさすることができるような小説を書きたい、といつも思っています。(プレスリリースより)
と創作姿勢を明かした。
小川洋子は、1991年「妊娠カレンダー」で芥川賞、2004年『博士の愛した数式』で読売文学賞・本屋大賞、同年『ブラフマンの埋葬』で泉鏡花文学賞、2006年『ミーナの行進』で谷崎潤一郎賞など、国内外で数多くの賞に選ばれている。
本作は四六判・上製カバー装、定価1,980円(税込)で、2025年6月30日に発売された。


